COLUMN

Vol.05
ジョナス・ソーク / 医学者

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ジョナス・ソークという男

 

ジョナス・ソークは、1914年にニューヨークで生まれた医学者である。

彼が1995年にその生涯を終えるまでに残した大きな功績のひとつが「ポリオワクチンの開発」だ。

彼の功績は、それまで世界中で猛威をふるっていたポリオ感染症を撲滅し、多くの子どもの命を救うことにつながった。

 

コロナウイルスとの闘いが続く現在、ソークが残してくれたストーリーは我々に何を教えてくれるだろうか。

今回は、そんなジョナス・ソークの生涯について見ていこう。

 

 

人類の役に立つために研究者の道へ

 

幼少期のソークは、好奇心と探究心の旺盛な子どもだった。

その性格は、後に友人たちから「手に入る書物はすべて読んでしまう完璧主義者」と言われるほどだったという。

 

元々は弁護士を目指していたソークだったが、母親の勧めにより、大学では医学の道に進むこととなる。

1939年にニューヨーク大学で医学博士号を取得した後、ニューヨーク州内の病院で勤務する。

そして、「目の前の患者の治療だけでなく、人類全体の役に立つことがしたい」と考えた彼は、医師ではなく、研究者の道を選択。

1947年、ピッツバーグ大学に所属することとなった。

 

ピッツバーグ大学で研究者としてインフルエンザワクチン開発の仕事などをする中で、ソークはあるプロジェクトへの参加を打診される。

それが、当時大きな社会課題であったポリオワクチン開発プロジェクトだ。

 

Photo by Vaccines at Sanofi -Polio virus (picornavirus)(2006)

 

 

ポリオ(急性灰白髄炎)は脊髄性小児麻痺とも呼ばれ、ポリオウイルスによって発生する疾病である。名前のとおり子ども(特に5歳以下)がかかることが多く、麻痺などを起こすことのある病気だ。

主に感染した人の便を介してうつり、手足の筋肉や呼吸する筋肉等に作用して麻痺を生じることがある。永続的な後遺症を残すことがあり、特に成人では亡くなる確率も高いものとなっていた。

 

 当時は有効な治療法が存在しないうえ、感染者の200人に1人が下肢麻痺に至り、下肢麻痺に至った患者のうち1割ほどが呼吸筋麻痺により死亡する、という恐ろしい病気だった。

 

感染の原因であるポリオウイルスは、マウスなどのげっ歯類には感染せず、ヒトにのみ感染するウイルスであったため(サルには感染する)、「動物実験のハードルが高い」という特徴が、ワクチン開発に向けた研究が進みにくかった要因のひとつでもあった。

 

 

イノベーションのきっかけは「使命感」

 

そんな様々なハードルが存在するポリオワクチン開発の要請が彼のもとに来たのだが、「人類全体の役に立つために働きたい」という自らが研究者を志した際の思いと見事に合致するとして、彼は二つ返事で承諾した。

 

プロジェクトに参加し研究を重ねた彼は、多くの研究者が苦戦を強いられる中、安全で効果的なものをできるだけ早く開発することだけに集中し、7年にも及ぶ試行錯誤の末、ついにポリオワクチンのテストに成功した。

 

1955年4月12日、ミシガン大学には多くの報道関係者、臨床医たちが駆けつけた。

 

世界中が待ち望んでいたポリオワクチンの安全性を公表する世紀の瞬間は、全米各地の映画館でテレビ中継されるだけではなく、ヨーロッパの国々でもその様子が見守られたという。

 

コロンバス (ジョージア州)での大規模なポリオ予防接種(国立ポリオ免疫プログラムの早日)

 

 

ほどなくしてポリオワクチンは世界中で使用が開始され、ポリオ感染症の新規感染者は激減した。

 

ポリオワクチンの開発後もソークは人類の役に立つために研究を続け、1962年にはカリフォルニア州ラホヤに「ソーク研究所」を創設した。

 

同研究所は、分子生物学と遺伝学の研究において世界屈指の実績を誇り、数多くのノーベル賞受賞者を輩出している。

 

「人類の役に立つために働きたい」というソークの思いは、後進の研究者育成に形を変えて、現在に至るまで続いているのだ。

 

 

研究のもつ「使命」を改めて問い直す

 

ソークの活躍から、我々現代の研究者たちは、いったい何を学べるだろうか。

それは「自らの研究がもつ使命を意識することは、大きな成果を生むために極めて重要である」ということだ。

 

ソークが研究の道に入ったのは、人類全体の役に立ちたいがためだった、ということは前述のとおり。

この理念が真実であったことは、彼がポリオワクチンの開発にあたって、利益を一切求めなかったことからも見て取れる。

 

ワクチン開発後の会見で「誰がこのワクチンの特許を保有しているのか」と質問されたソークは、以下のように答えたのだ。

 

「特許は存在しない。太陽に特許は存在しないでしょう。」

 

彼は、自分自身に入ってくる莫大な財産よりも、ポリオワクチンが世界中に広がり、一人でも多くの子どもたちを病気の苦しみから解放することを望んだのだ。

 

コロナウイルスの脅威に侵されている現代においても、彼の精神は受け継がれている。

 

WHOは、2021年3月7日の声明のなかで、世界各国および各製薬会社に対し、コロナワクチンに関する特許を放棄するよう求める声明を発した。

 

各国および各個人が自らの利益を優先しているようでは、世界を脅かすウイルスの猛威を食い止めることはできない――。

 

使命感よりも利益が重要視されかねない現代に対する警鐘を鳴らす意味で、このような声明が出されたのではないだろうか。

 

 

芸術性を纏った生物医学の名門 「ソーク研究所」

 

Symmetrical Architecture Of The Salk Institute With Blue Fountain Pool

 

彼が設立した「ソーク研究所」は、建築的観点から見ても学術的観点から見ても、世界的に非常に大きな注目を集める研究所の一つである。

在籍研究者数1,000名未満と比較的小規模ながら、生物医学分野では世界屈指の研究論文引用数で知られている。

 

この「ソーク研究所」については別コラムで紹介しているので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

 

こちらの記事もおすすめ

コラム”世界のラボ Vol.03【芸術性を纏った生物医学の名門】Salk Institute for Biological Studies”

 

 

[参考文献]

    ・書籍:Patenting the Sun: Polio and the Salk Vaccine Hardcover – January 1, 1990 by  Jane S. Smith 

    ・厚生労働省「ポリオについて

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