COLUMN

Vol.02
フォン・ノイマン / 数学者

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「人間のフリをした悪魔」「火星人」などとも呼ばれ、ノーベル賞クラスの天才達がこぞって「敵わない」と認めた天才、フォン・ノイマン。IQを計測すれば300以上ではないかと言われる、常識から遥にかけ離れた存在。

 

「はいはい。私なんかとデキが違い過ぎます」とこの文章を閉じる前に少し考えてみよう。例え優れた素質を持っていたとしても、環境が悪ければ天才性が充分に発現しない事もある。彼の育った環境とエピソードを考察することにより、何か自分自身の活性化につながるヒントをみつけられないのだろうか。なぜなら最新の研究で、人間の脳は生涯発達することがわかってきたからだ。

 

フォン・ノイマンの生い立ち

彼は1903年、ハンガリーのブタペストでドイツ系ユダヤ人夫妻の長男として生まれた。父は法学博士で銀行専属の弁護士。祖父はヤリ手の商人で、8ケタの掛け算を瞬時に暗算する能力の持ち主だったという。

 

幼い頃から語学、数学に抜群の才能を発揮する。又、ウィルヘルム・オンケンの歴史書『世界史』44巻の内容を暗唱できたと言われており、17歳で数学者フェケテと共同で最初の数学論文を発表、23歳で数学・物理・化学の博士号を授与される。その後数学者ヒルベルトの学派の旗手として1927年最年少でベルリン大学の私講師となった。

 

1930年ナチス台頭により、一家でアメリカ合衆国に移住。プリンストン高等研究所の所員に選ばれる。オッペンハイマーの招きにより、ロスアラモスで原爆の開発に従事。それ以外にも経済学へのゲーム理論の適用。プログラムを記憶領域に展開してデータを処理する、いわゆるノイマン型コンピュータの概念の提唱。気象予測にコンピュータを用いるプロジェクトを立ち上げる。といった功績を残している。

 

これだけの業績を挙げた人物なら、孤高の天才という感じかと思えば、意外にも人づきあいが良かったと言われている。

 

彼の才能を開花させたもの

 

– 家庭教育 – 

祖父や父から遺伝的に受け継いだ素質を開花させるきっかけは、ユダヤ人である両親の家庭教育だったであろう。

 

ユダヤ式教育は言葉を発し始めた頃より、聖典を読み聞かせることから始まる。そして意味が分からなくとも、一言一句違わず暗唱できるまで繰り返し音読させる。これにより脳内に記憶回路を作ることが目的である。

 

そして、家庭内の会話を通じて適切な質問をし、自分の意見を主張する事を学んでいく。家族の団欒は思考を深め、論理を正しく積み上げていく事をトレーニングするための場だったのだ。

 

こうした教育はユダヤ人が長く安住の地を持たず迫害を受けたため、「耳と耳の間にある財産は奪われない」と、知識や技能への投資を重視せざるを得なかった悲しい歴史によって形作られたものである。

 

ノイマンは幼少期に父が付けた家庭教師により7か国語を流暢に操り、父とはギリシャ語で冗談を交わしていた、という逸話がある。暗唱で形成された記憶回路が、多言語習得に役立ったのであろう。弁護士である父との会話で磨かれた論理展開が、後に数学の証明の基礎となったことは想像に難くない。

 

後述するように、彼のエピソードには、他の天才たちが考えてもたどり着けない答えを瞬時に導き出すというものが多い。これは、七田眞氏が提唱する右脳回路の開いた状態の事例と非常に良く似ている。証拠はないが、彼の右脳にまず答えが閃き、後から左脳で普通の人が分かるように説明していたのではないだろうか。

 

ノイマンの構想を元に作られた世界初の実用的なプログラム内蔵方式の電子計算器”EDSAC”

CC 表示-2.0 https://ja.wikipedia.org/wiki/EDSACによる

 

– 時代背景 –

ノイマンが生まれた頃のハンガリーの首都ブダペストは、政治的安定の元、多民族が平和的に交流し、小麦の輸出でヨーロッパ有数の経済成長を遂げていた。経済成長を背景にギムナジウムという中高一貫の高等教育機関が3つも設立され、教育への投資を重んじるユダヤ人の子弟も多数進学した。

 

ノイマンが通うギムナジウムの学長は、数学の才能を見抜き高度な数学を学ばせるよう父親に進言した。こうしてノイマンはブタペスト大学の数学者から個人教授を受けることになる。成績は超優秀だが、威張ることはなく、学友達と仲良くし、好かれようと努力していた。このギムナジウムでの友人達との切磋琢磨も彼の能力開花に役立った事であろう。

 

この時期のギムナジウムの卒業生には、共に原爆を開発するマンハッタン計画に参画したレオ・シラード(1898年生)、ユージン・ウィグナー(1902年生)、「水爆の父」エドワード・テラー(1908年生)、「ホログラフィー」の発明者デーネシュ・ガーボル(1900年生)、放浪の天才数学者ポール・エルデシュ(1913年生)、「暗黙知」で知られる哲学者マイケル・ポランニー(1891年生)といった錚々たるメンバーがいる。

 

ノイマンを含め彼らは20世紀の自然科学、人文科学に偉大な足跡を残している。彼らは全員裕福なユダヤ人家庭に生まれており、あたかもユダヤ人の教育投資が臨界点に達したかのような感がある。

 

エピソードから彼の思考パターンをハックする

 

– 少年時代の友人との高等数学についての対話 –

ノイマンは11歳の時、1級上の友人が難解な定理(大学の数学科専門課程クラス)を証明できるかと尋ねた。ノイマンは友人が既に知っている定理だけを用いて証明して見せたと言う。彼は数多くの高度な数学の定理について、「使いこなせる」レベルの深い理解をしていた事をうかがわせる。

 

友人は自分がどうしても証明できなかった難解な定理をたやすく証明するノイマンに劣等感を抱いたと言うが、12歳にして難解な定理の証明を理解できるのだから、控えめに言って彼も神童のレベルであろう。友人とは後にノーベル賞を受賞するユージン・ウィグナーである。

 

– ゲーデルとの交友 –

3つの学位を取得したノイマンは師のダフィット・ヒルベルトらと共に、数学の形式的体系化を目指していた。しかし公理から分岐する定理により、完璧に体系化された数学の世界が完成できるかに思えた時、ゲーデルの不完全性定理により、その実現が不可能であることが証明されてしまったのだ。

 

天才と呼ばれる偉人達も、誰かに自分の論理を否定されたり、地位が脅かされそうになると、人間らしく感情的に反発し、あるいは排斥しようとする事が多々ある。しかし、ノイマンはそうではなく、自分達の理想を打ち砕く定理を発表したゲーデルを尊敬し、精神的に色々問題のあった彼を友人として支えた。更には自身がアメリカ合衆国に移住した後、ユダヤ人であるゲーデルがナチスの迫害から逃れられるよう、亡命許可を政府に直訴すると言った男気を見せている。

 

ロジックの正しさに敬意を払う彼の一面の現れであろうか。

 

– プリンストン高等研究所での日々 –

世界最高の学術機関の一つと言われる知的環境の中でも、瞬時に答えを導く計算能力、論理的な分析能力は際立っており、同僚のアインシュタインやヘルマン・ヴァイル達からも全員一致で「世界一の天才」と評価されていた。持ち前の社交的な性格で、3か国語で冗談やY談をして周囲を和ませていたそうである。

 

 – マンハッタン計画でのアドバイス –

ある時、高名な物理学者2人がある積分問題に悩み、時間をかけて黒板いっぱいに数式を書きなぐったところで行き詰ってしまった。部屋のドアを開け放していた所、たまたまノイマンが歩いて来るのを見つけて助けを求めると、彼は黒板をチラッと眺めて、部屋に入る前に答えを導き出していた。これは珍しくもない事だったそうである。この時の物理学者の一人は後にノーベル賞を受賞したエミリオ・セグレであった。

 

また、エンリコ・フェルミ、リチャード・ファインマンと水爆に関する計算を競った事があった。フェルミは計算尺、ファインマンは手回し式計算機で取り掛かったが、ノイマンは暗算で2人よりも速く、正確に答えを出した。負けた2人も後にノーベル賞を受賞した大天才である。

 

– 彼はどのように考えていたのだろうか? –

純粋な数学理論を除き、彼の多分野にわたる業績は、政府や他の科学者達からの依頼を受けての問題解決の結果としてもたらされた。分野は異なっていても、ベースとなる裏付けとして、数学に基づく論理が必要であり、彼は数学を各分野にどう適用すれば良いかについてのエキスパートだったからだ。

 

彼は多分、問題解決が好きだったのだろう。彼の以下のような発言からも、それがうかがえる。

 

「技術発達が秘める可能性は人にはたまらなく魅力的なものです。」

「もし機械ではできないことが何かを私に正確に教えてもらえれば、それを可能にする機械をいつでも作りましょう。」

「それ自身を刺激する要素はいつまでもその刺激を保てるのです。」  名言まとめドットコムより引用

 

 

彼は、自分に刺激的な挑戦を持ち込んでくれる天才達を愛し、ただ彼らの知的限界を超えた問題を手伝って解決する事を喜びとする智のウルトラマン。実は「いいヤツ」だったのではないだろうか?

 

[参考文献]
フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔 | 高橋昌一郎

異星人伝説20世紀を創ったハンガリー人 | マルクス・ジョルジョ著 森田常夫編訳

チューリングの大聖堂:コンピュータの創造とデジタル世界の到来 | 古田三知世

七田式 超右脳記憶法 | 七田眞

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