仕事や勉強に取り組む際に、なかなか集中できないような経験はないだろうか?
やる気や気分、疲労といった本人のコンディションだけでなく、仕事場の照明や温度、物音など、様々な環境要因ではかどらないと感じることもあるだろう。何か効率を上げる方法があれば取り入れたいと思う方も少なくないはずだ。
主要な環境要因として「ニオイ」が挙げられる。「ニオイ」が集中力に影響を与えるということは想像に難くないが、人は実際に「ニオイ」からどのような影響を受けるのだろうか。
本コラムでは、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(以下 P&G)が、杏林大学名誉教授 古賀良彦先生と実施した「家庭におけるニオイが子どもの集中力に及ぼす影響」に関する研究を紹介する。
結論から言うと、この検証では家庭のニオイが子どもの集中力を低下させることが明らかになった。本検証の対象は家庭における子どもであるが、職場環境においてもニオイは集中力や生産性の向上に影響をもたらす重要な要素であることは想像に難くなく、今回の実験からは環境改善のヒントが得られるだろう。
では、早速その実験の内容をみていくことにしよう。なお、この結果は 2016 年 12 月 13 日に P&G によって報道関係者に発表されたものである。
実験は、小学校 4~6 年生 96 人を対象にした集中力テスト、心理アンケート、6 人を対象にした脳波測定を行った。
実験①脳波測定
6 人の子どもを対象とし、ニオイなしとニオイあり双方において集中力の指標である脳波「P300」を測定した。ニオイについては集中力テストで最も悪影響のあった「汗・体臭」を採用した。
すると、次のような興味深いことが解った。
図1:集中力の指標となる脳波「P300」がニオイにより 10%以上低下。(P&G のプレスリリースより引用)
何と、ニオイのある環境では、集中力の指標である脳波「P300」の出現が 10.8%も低下することが確認されたのだ(上図の暖色部分)。ニオイが子どもの集中力を阻害することが、脳科学の側面から世界で初めて明らかにされたことになる。
実験②集中力テスト
上記の脳波測定の前に、96 人の子どもを対象にした「集中力テスト」を実施した。図2は、臭気判定士が収集・再現した家庭の不快な 3 大臭(油臭/汗・体臭/カビ臭)のある部屋とニオイなしの部屋で集中力テスト(計算テスト)を実施し、点数を比較したものである。
図2:家庭の不快な 3 大臭(油臭/汗・体臭/カビ臭)のある部屋とニオイなしの部屋で集中力テストの結果(P&G のプレスリリースより引用)
その結果、「汗・体臭」のニオイの場合において集中力テストの結果に有意な影響をもたらすことが統計的に明らかとなった。
実験③心理アンケート
さらに、集中力テストを実施した後にVAS(Visual Analog Scale)を用いて、ニオイなしとニオイのある環境それぞれにおいて、子どもたちの心理状態を把握するアンケートを実施した。
図3:ニオイのある部屋とない部屋での子どもたちの心理状態に関するアンケート結果(P&G のプレスリリースより引用)
ここでも、右上の「集中力」のグラフをはじめ、「気持ちのおだやかさ」「やる気」など多くの項目で、ニオイが子どもの心理に明確な影響を及ぼしていることが、統計的に明らかになった。
今回の P&G と古賀先生の共同研究によって、生活の中にある嫌なニオイが子どもの情緒に影響を及ぼし、心理的な実感でも、集中力テストでも、脳波測定においても、子どもの集中力を低下させることが実証されたことになる。
嗅覚は、視覚や聴覚といった感覚よりも動物的で本能的な感覚であり、瞬時に身の危険を察知するための感覚だ。ところが、集中力に対する影響が大きいにも関わらず、普段の日常生活で鼻が生活臭に慣れてしまうことによって、無意識の内にその「ニオイ」を意識しなくなる。このことについて杏林大学の古賀先生は『身の危険がなく、本人が意識しない「ニオイ」であっても嗅覚は確実に反応し、「ニオイ」を認知し続けている脳にマイナスの影響を与えている可能性がある。』とコメントしている。無意識のうちに生産性に悪影響を与える恐れのある「ニオイ」には今一度注意を払いたいところだ。
次に、「ニオイ」についてのもう一つの実証実験として、株式会社ユニクロが先ほどの検証と同じ杏林大学の古賀先生監修のもと「ニオイが気分や生産性に与える影響」を 検証した実験結果を紹介しよう。
本検証では、汗臭により「やる気がでない」など気分をネガティブにさせるだけでなく、精神的なストレスの指標といわれるストレスホルモン「クロモグラニンA 」も増加することが認められた。
調査期間は 2017 年 5 月 9 日、対象は 20 代から 30 代の社会人 9 名(女性 5 名、男性 4 名)。実験では、①汗臭、②無臭(プラセボ)で、綿 100%の肌着に臭い成分を染み込ませ、被験者から見て机の手前から 70cm の位置にセッティングした。肌着設置前に唾液を採取し(ストレスホルモン「クロモグラニンA」の分泌量を検査)、肌着を設置。無臭の場合は、何も染み込ませない肌着を設置し、集中力や持続力のテストを行い、再度唾液を採取。さらに、POMS検査により気分や感情の状態の検証、VAS検査による心理状態を検証した。
実験結果をまとめると、以下のようになる。
①汗臭を嗅ぐとネガティブになり、疲労や無気力を感じやすい心理状態になった。特に女性は顕著な傾向が見られた。
②汗臭を嗅ぐとストレスホルモン「クロモグラニンA」の分泌が増加した。しかも女性は男性の約6倍という結果になった。
③汗臭で「とても嫌いな香りだ」と感じ、「とても気分が暗くなる」や「とても気分が悪い」という精神面での体感を覚え、「とてもやる気が出ない」というモチベーションの低下や、「とても頭の回転が遅くなった」というパフォーマンスの低下を実感する人が多かった。
④集中力を測定する計算テストでは、顕著な差はみられなかったが、女性の方が汗臭によって集中力が落ちることがわかった。
ここまで様々な実験結果をみてきたが、汗臭をはじめとする不快なニオイが気分や生産性にマイナスの効果を与えることがわかっただろう。
この対策として、こまめに汗を拭ってリフレッシュを心がけることや、消臭効果のあるインナーの着用、換気や消臭・除菌などニオイがこもらない環境作りを意識すること等が挙げられるが、例えば、気分転換も兼ねて目的に合ったアロマオイルを使って自分の好みにあった香り空間を演出することは仕事の際の気分や生産性を高める一助になるのではないだろうか。
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[参考文献]
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