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はじめに
現代のビジネス環境では、AI、ディープラーニング、ゲノム編集、脱炭素技術など、急速に発展する先端科学技術を把握し、その波に乗ることが企業にとって不可欠である。これらの技術トレンドを活用しつつ、独自のイノベーションを追求するためには、研究開発部門が重要であることは明らかだ。
しかし、新たな研究開発部門の立ち上げと管理には多額の投資が必要であり、さらに新規事業の成果には大きな不確実性が伴う。これらは企業にとって顕著なリスク要因であり、経営陣は研究開発の方向性や規模決定に際して、常に複雑な判断を迫られているのではないだろうか。
従来、企業が研究開発を行う場合、自社の施設内での実施が一般的だった。しかし、研究開発の規模や必要とされる技術は急速に変化しており、多種多様な機器や特殊な設備が必要になる傾向にある。技術革新が継続的に行われる中で、ラボ設備を都度更新する必要性が生じ、これが特に予算に制約のあるベンチャーやスタートアップ企業にとって大きな負担となっているのだ。
この課題に応える形で登場したのが、レンタルラボとシェアラボの概念である。これらは、自社でラボを持たずに、必要な期間と場所を借りて研究開発を行うというものであり、変動する現代の研究開発ニーズに柔軟に対応できる解決策と言えるだろう。
“イニシャルコスト”という課題
研究環境を構築しようとする際、最初の大きな障壁となるのがイニシャルコストである。
例えばバイオ系の研究開発においては、遺伝子組換え実験など、特殊な設備や許可申請を必要とする場合がある。その場合、遺伝子組換え実験が可能な設備(密閉空間や滅菌装置、排気フィルター装置など)を準備し、該当の機関に対して各種申請を行う必要があるのだが、これらは企業にとって大きな負担となるとともに、事業スピードが削がれてしまうという問題を抱えている。
レンタルラボやシェアラボでは、このような特別な設備機器を有していることもあるため、機器の導入や煩雑な事務作業によるダウンタイムを大幅に削減できるというメリットがあるのだ。
次に、レンタルラボとシェアラボの特性を詳しく見ていこう。
レンタルラボとシェアラボの違い
そもそもレンタルラボとシェアラボは似て非なるものである。レンタルラボがラボとなる部屋を1室以上借りて研究開発施設を作る形式である一方で、シェアラボは部屋や実験台(ベンチ)、棚やロッカーなどを他社とシェアしながら、よりオープンな環境で研究開発を行う形式となっている。
住居に例えるなら、レンタルラボは賃貸アパート、シェアラボはシェアハウスに相当すると考えると分かりやすいかもしれない。
賃料の傾向
レンタルラボとシェアラボには、それぞれメリットとデメリットが存在する。まず、賃料に関しては、一般的にはレンタルラボのほうが高い傾向がある。これは個室を借りるため当然のことと言えるだろう。ただし、都心部や駅からのアクセス、付属設備などによって異なり、都心のシェアラボの方が地方のレンタルラボよりも高い場合もあるため注意が必要だ。
また、シェアラボの場合、共有スペースの利用には追加料金が発生することがある。共有スペースを長時間利用することで、レンタルラボよりも費用が高くなる可能性もあるため、事前に追加料金について確認をしておいた方が良いだろう。
自由度とセキュリティ
レンタルラボはラボが賃貸契約をした自社専用のスペースであるため、設備や物品の配置をカスタマイズすることが可能だ。また、個室であることから当然セキュリティの面でも優れている。一方、シェアラボについては、オープンスペースであるため、設備や物品の配置に制限がある場合があり、利用方法についても個室ほどの自由度はないと言えるだろう。
シェアすることのメリット
一方、共用の設備やスペースを利用することには多くの利点がある。シェアラボでは、設備共有の恩恵として、施設管理者からの機器や装置の使用方法の説明、定期的なメンテナンスサポートが得られることが一般的だ。また、多くの研究者が同じ機器を使用するため、利用時間に制限が生じる可能性があるが、一方で機器や使用方法について他の利用者と情報交換できる機会は増えるだろう。シェアラボ環境は良くも悪くも人と接する機会が多いため、総じて他の研究者との交流や協力関係を築きやすいというメリットを有しているのだ。
最近ではレンタルラボであっても共通機器室や共用エリアを設け、入居者の交流促進に積極的な施設もあるため、これらの施設では、異なる専門分野の研究者間でのアイデアの共有や、新しいコラボレーションの機会が一層拡大している。このような交流は、研究の質の向上や新たな発見へとつながる可能性を秘めており、研究者にとって刺激的な環境を提供しているのである。
企業の規模による適切な選択
レンタルラボとシェアラボの利用については、会社の規模によって向き不向きがある。一般的にレンタルラボに向いているのは、比較的予算に余裕のある大企業だ。比較的規模の大きな実験、事業化している内容に関する実験を行う機会が多いため、セキュリティの面、またトラブルが起こった時のリスクの面から、予算と人員を割いてでもレンタルラボを利用するといったケースが多く見受けられている。
一方、シェアラボを利用することが多いのは、ベンチャーやスタートアップ系の企業が多い傾向にある。これらの会社は資金的な余裕が少ないことや、研究開発の継続期間の予測が難しいことが多いため、素早く研究開発を開始して、場合によっては短期間で撤退できるシェアラボが向いているだろう。ベンチャー・スタートアップは人手も足りないため、他の企業と協力関係が構築できる可能性がある点も、一つの魅力と言えるだろう。
レンタルラボが特に予算に余裕のある大企業向けとされる主な理由は、ラボ内で必要とされる研究設備の導入に関わる費用と時間の要求が高いからである。
しかし、実験台やヒュームフード(ドラフトチャンバー)などの基本的な研究設備をあらかじめ備え付けているレンタルラボも存在し、これによりイニシャルコストを大幅に削減できる。その結果、資金的に余裕が少ないベンチャーやスタートアップ企業でも、これらのレンタルラボを利用することが一つの選択肢となり得るのだ。
オープンイノベーションとエコシステム
こうした新しい研究開発の形では、シェアラボだけでなく、レンタルラボであってもスペースを少なからず他の企業と共有することになる。このような開かれた形で研究開発を進めるのが、オープンイノベーションである。また、このような研究開発の組織全体をエコシステムとも呼ぶ。エコシステムは、本来生態学の言葉で、さまざまな動植物、微生物が集まって生態系を構築することを指し、そこから転じて、さまざまな人々が集まり、イノベーションやビジネスを展開することを意味するようになったのだ。
他にも、スタートアップが集まる場所ということで、スタートアップハブと呼ばれることもある。「ハブ」は元々車輪などの中心にある部品を意味する言葉だが、そこから転じて、「中心地」、「集約地」という意味を持つようになった言葉である。
研究開発のエコシステムが形成されたスタートアップハブでは、大学と産業界の連携を目指す取り組みや、学生や若手を起業へと導くためのシステムを構築している。人や事業を育てる意味合いから、インキュベーション施設(温める施設という意味)と呼ばれることもある。
インキュベーション施設の効果を検証した研究によると(1)、設備基盤の整備、学習エコシステムの構築、多様な起業機会の提供、さらにアイデアと資金を提供するシステムを作り上げることが、ビジネスアイデアの増加、起業スキルを向上させ、業界とのネットワーキングの構築促進に寄与していることが示されているのである。
[参考文献]
レンタルラボのご紹介