オフィス環境は時代とともに変化し続けており、特に近年は過去に見られなかった新たな形態が出現している。かつての職場は、各階の通路に沿って並ぶ個室型オフィスによる構成が主流であり、通路の場所や階が会社や社員のステータスを象徴することもあった。
しかし、近年ではシェアオフィスやコワーキングスペースの利用など、固定されていない職場の形がますます増えており、オフィスの中においても、自分のデスクが決まっていない「フリーアドレス」や業務によって働く場所や時間を自由に選択できる「ABW(Activity Based Working)」と呼ばれる新しい働き方が広がっている。
フリーアドレスは、オフィスのデスクやスペースが特定の個人に割り当てられず、利用者が空いている場所を自由に選んで仕事をする仕組みである。デスクや棚を社員で共有する仕事スタイルであり、業務終了後はデスクを片付け、次の利用者のために元通りにすることが求められる。
英語では、フリーアドレスのことを「ホットデスキング(hot-desking)」と言う。もともと軍事用語で複数の人が交代でベッドを使う「ホットベッド」から派生したと言われ、現在では「ホット」が「稼働率が高い」という意味を含んでおり、オフィス内でデスクがよく使われる状態を示す言葉にもなっている。
このような作業場所を縛らないフリーアドレスが広がっている理由としては、以下の四つが挙げられる。
- 柔軟な働き方の実現
フリーアドレスでは、仕事の内容や状況に応じて座る場所を選べるため、集中が必要な業務には静かな場所を、チームとの会話が必要なときには共用スペースを選択することができる。毎日同じ場所で仕事をすると飽きがきて集中力が落ちてしまうことがあるが、仕事場所を変えることで刺激となり、集中力を持続することができる。また、作業場所を選ぶという自由度の高いワークスタイルが、社員の自己管理能力やモチベーション向上にも寄与する。
- コミュニケーションの活性化
フリーアドレスは、社内のコミュニケーションを促進する効果もある。固定された席では、どうしても隣の人や同じチーム内の人とのみ交流しがちであるが、フリーアドレスでは日によって座る場所が異なるため、普段関わることが少ない他部署の人や、意外な組み合わせのメンバーと偶然会話が生まれる機会が増える。このような日々の小さな交流が、新しいアイデアの創出や情報共有の活性化につながり、業務の効率化や社内の一体感の向上にも寄与する。
- スペース効率の向上
フリーアドレスを導入することで、デスクが固定されないため、オフィスのスペースが効率よく活用できるようになる。特にリモートワークやフレックスタイムを導入している企業では、全社員が同時にオフィスにいることが少ないため、フリーアドレスにすることで空席の無駄を減らすことができ、デスク数やオフィスの面積を抑えることが可能である。
- コストの削減とエコ
上述のように、ワークスペースエリアの削減ができることで、会社の固定費の削減が期待できる。また、壁や仕切りが少なく、オフィス内がシンプルな構造になるため、建築コストや維持管理コストも抑えやすくなるというメリットもあるだろう。さらに、デスク数が最適化されることで照明や冷暖房などのエネルギー消費も削減され、光熱費も抑えることができる。これらのことはコストの削減だけでなく、環境負荷の低減にも寄与し、エコな職場づくりに貢献すると考えられる。
こうしたフリーアドレスをはじめとするオフィスは、「アクティビティベースのオフィスデザイン」と呼ばれ、心理効果や仕事効率などへの影響が検証されている。
ドイツのミュンスター大学のグループが従業員へのインタビュー内容を分析した結果、インタビュー対象者はフリーアドレスなどのオフィスデザインを有した勤務形態によって、チーム間の協働性が高まったと結論づけている(1)。
この理由として、接触機会、コミュニケーション、共同プロジェクト作業、信頼関係が増えたことが挙げられた。一方で、フリーアドレスの場合はチームメンバーがオフィス内で空間的に分散してしまうことが多いため、チームの結束やチームパートナー間でのコミュニケーションを維持・促進することが、管理者にとって最も重要な課題であると結論づけられた。
また、フリーアドレスなどのオフィス形態が向いている業種・職種の研究も行われており、スウェーデンのグループが実施した研究によると、チームで仕事をすることが多い業種・職種の従業員はよりフリーアドレスに向いていると結論づけられている(2)。
チーム型の仕事の場合、フリーアドレスの導入によって仕事の生産性が安定して高いという結果になった。また、一般的な健康指標やストレス(例えば首・肩・背中の痛み)については、固定型オフィスでもフリーアドレスのオフィスでも有意な差がないという結果となった(2)。
このように、フリーアドレスの導入は、心理効果や生産性にポジティブな効果が認められる研究結果がある一方で、運用方法を間違えると思ったような効果が得られないだけでなく、むしろチームワークを乱し、生産性を低下させしてしまう恐れもある。
実際によくある失敗事例としては、以下のような要素が挙げられる。
・フリーアドレスにした目的・意義が十分に共有されていない。
・固定メンバーが集まって座ることにより、席が固定されている。
・ペーパーレス化やコンセントの整備が進んでおらず、どこでも働ける環境が整っていない。
・書類・持ち物などの管理が難しい。
・電話の声など、周囲の環境により集中力が低下してしまう。
これらの要素が要因で、せっかく導入したフリーアドレスが失敗してしまわないよう、成功に導くためのポイントもいくつかご紹介しよう。
・フリーアドレス導入の目的・意義を十分に周知する。
・会議室・座席等の管理・予約ツールを導入する。
・荷物の管理や整理整頓等について十分なエリアを準備し、運用ルールを決めておく。
・フリーアドレスに適したレイアウトにする。
中でも、フリーアドレスを成功させるうえで大きなポイントになるのが、フリーアドレスに適したレイアウトを行うことだ。
例えば、コミュニケーションの活性化は、オフィス内を自由に移動しやすいジグザグ型のレイアウトを採用することで、偶発的な交流や自然な対話を促進することができる。偶発的な交流は、研究をはじめとしたクリエイティブな仕事においても、インスピレーションの源泉となり得る点で大いに役立つだろう。
集中して作業するための環境は、オープンスペースの中心から一定の位置に、個室や半個室を適切に組み合わせると良い。
このように、必要な種の作業環境を適切に配置していくことで、働く人々の多様なニーズに応える空間を作り出すことができるだろう。目的を明確にしたうえで、それに最適化された空間を作り出すことが、働きやすさの向上だけでなく、生産性や創造性の最大化につながることを押さえておきたい。
以上の通り、ここまでは新しい働き方としてフリーアドレスを中心についてみてきたが、最後にフリーアドレスとよく似た働き方で最近注目を浴びている「ABW(Activity Based Working)」についても少しだけ紹介しておこう。
ABWは、働く場所やその基本的な目的、理念において、フリーアドレスとは少し異なる概念である。
まず、働く場所の違いについて。フリーアドレスは、オフィス内の座席の利用方法に焦点を当て、オフィスでの勤務を前提とした仕組みである。一方、ABWは働く場所をオフィスに限定せず、自宅やカフェ、コワーキングスペースなど、従業員が最も効率的かつ快適に働ける場所を自由に選択できる柔軟性を持つ。
次に、目的や考え方の違いについて。フリーアドレスは、主にオフィススペースの効率的な活用に焦点を置き、座席や空間の運用最適化を目指す。一方、ABWは働く場所だけでなく、働く時間や従業員の行動、業務内容にまで視野を広げている。これにより、従業員の主体性を重視し、それぞれの働き方に合わせた最適な環境づくりを目指すアプローチである。
このように、ABWは単なる場所の選択肢にとどまらず、働き方全体を包括的に捉えたフレームワークである。その結果、従業員一人ひとりに合った柔軟性や適応性を提供し、より効率的かつ快適な働き方を実現することができるだろう。
フリーアドレスやABWといった新しい働き方は、社員のワークライフバランスや知的生産性の向上のほか、オフィスのコスト削減や人材確保がより求められるこれからの時代において、多くの企業で導入が進んでいくものと思われる。また、新しい働き方は今後も時代の変化に合わせて次々と登場してくることだろう。どんな働き方が適しているかは組織の目指す姿や業種・職種、組織風土によって異なるため、まずは様々な事例を見ながら、自社に適した働き方のイメージを膨らませることが重要だ。
[参考文献]