■セインズベリー研究所の誕生と使命
ケンブリッジ大学セインズベリー研究所(The Sainsbury Laboratory Cambridge University, SLCU)は、2011年に、イギリスで最も美しい州のひとつであるノーフォーク州ノリッジに創設された植物科学研究センターである。その建物はロンドンに拠点をもつ建築事務所であるスタントン・ウィリアムズ・アーキテクツによってデザインされた。
本研究所は、1831年にチャールズ・ダーウィンの着想をもとに、後に師となるヘンスロー教授によって構想され、植物種の多様性を整理し、カタログ化するための研究ツールとなることを目的として設立された。その歴史的な背景から、セインズベリー研究所の使命は、植物の多様性と進化を理解するための先進的な研究環境の提供にとどまらず、庭園との密接な関係を表現し、過去から未来への連続性を確立することにあるとされている。
© Hufton+Crow
■時代を超える建築美
セインズベリー研究所は、2010年12月に完成し、ヘンスロー教授の目標を発展させるとともに、植物の多様性の発生メカニズムを解明することを目的とした施設である。建物は11,000平方メートルの広さで、世界をリードする科学者たちに最高品質の研究環境を提供している。研究所には実験室のみならず、研究支援エリア、会議スペース、ケンブリッジ大学ハーバリウム、パブリックカフェ、学術シンポジウムや公開講演が行われるオーディトリアムなどの多様な施設が備わっている。
エリザベス女王によって開所されるというスタートを切ったセインズベリー研究所は、2012年に王立英国建築家協会による建築の賞であるスターリング賞を受賞し、柔軟な設計と庭園との融合により、時代を超える建築作品として高く評価された。また、地上と地下の区画を有しており、その全体的な建築表現は、低く水平に延びる水平性を有していると評されている。
また、建物は、石灰岩や露出したコンクリートを採用しており、これにより堅牢さが十分に表現されている。さらに、建物内部のエリアは、連続した通路で繋がっており、これには歩くという活動を通して自然と思考を調和させる狙いがあり、まさにダーウィンが毎日のように散歩をしながら思考していた散歩道「サンド・ウォーク」を彷彿とさせるものになっている。
建物は庭園との実質的かつ視覚的な接続を提供しており、中庭を中心に異なる高さの棟を相互にリンクさせた構造となっており、このような研究所の設計は、研究所の目的が植物の多様性の理解であるという歴史的な経緯に基づいているのである。
また、研究者同士が効果的に出会い、相互作用するように、建物の設計が行われている点も特徴的だ。建物の通路には大きな窓があり、中庭を見渡すことができる一方で、研究室内部を見ることも可能である。建物内部の構造は、ギリシャのストア(古代ギリシャの等間隔に柱が並んだ建築物)や修道院の回廊、大学の中庭の伝統を再解釈したものとされており、これらの設計により、研究と研究者の過去、現在、未来との繋がりをイメージさせているのだ。
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■持続可能な未来のために
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セインズベリー研究所では、植物と微生物及び植物–微生物間相互作用の研究が盛んに行われている。所属する研究者や学生は、最新の研究施設でそれぞれにカスタマイズされたトレーニングを受けることが可能であり、充実したサポートを提供する活気あるコミュニティに参加することができる。研究所ではあるが、学生は近隣のイースト・アングリア大学で、博士号を取得するという選択肢もある。
研究標題として、「持続可能な未来のためのPlant Health Discoverty(植物の健康に関する発見)」を掲げており、分子レベルでの植物と微生物の相互作用に関する基礎および応用科学において、世界最高水準の研究レベルを維持している。代表的な研究トピックには以下のようなものがある。
・植物の病気耐性遺伝子
・病原体エフェクタータンパク質
・植物免疫システム
・植物と微生物の相互作用のシグナル伝達と細胞変化
・植物と病原体のゲノム
・作物の病気耐性に向けたバイオテクノロジー
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本研究所の特徴として、各研究グループが、実験室での基礎的な科学的発見を実際のフィールドで検証するプロジェクトを有しているということがある。現在の研究所のプロジェクトには、作物における新規免疫受容体の発見、農業の工業化と社会実装、および作物改良のためのゲノム編集ツールの開発などがあり、世界的に問題となっている多種多様な課題の解決に再先端で向き合っているのだ。
以上の通り、セインズベリー研究所では、植物や微生物の世界的な研究が進められており、研究所設置の歴史的な経緯に基づき、植物園という生命力が溢れた楽しい場所でありながら、人類のために画期的な研究成果をもたらす場所として世界的な地位を確立している。
■参考文献