■概要
マサチューセッツ工科大学の「The MIT Media Lab」は、さまざまな研究分野を含む教授陣の精力的な活動の基盤として、学術的な領域から音楽やグラフィックデザインに至るまで、分野を超えた研究グループが交流し、互いを刺激し合いながら研究をおこなっている。
今回は、学界と産業界が協力する研究環境を開拓し、さまざまなイノベーションを生んできたこのラボを紹介しよう。
Photo by Andy Ryan – MIT (2010)
■建築としての工夫や評価
Media Labの最上階には、1km四方のイベント会場に会議室、教育センターが設けられている。
この最上階からは、チャールズ川の向こうに広がるボストン市街のパノラマビューを楽しむことができ、研究機関だということを忘れてしまうほどのロケーションだ。
株式会社CSKおよび株式会社セガ・エンタープライゼスの会長である大川功氏から2700万ドルの寄付を受けて併設されたのが、「Okawa Center for Future Children」(MIT大川センター)。
当時の為替レートは1ドル=130.90円だから、現在の価値に換算すると約35億3430万円の寄付を受けたことになる。
それほど、産学連携の重要な起点として重視されていたのだ。
外観はパステルカラーの石造建築。
柔らかく多彩なシルエットが輝くその姿は、見る者すべてに建築物としての美しさを雄弁に語りかけるのである。
建築としての評価をざっと見たところで、続いて、研究機関としてのMedia Labに焦点をあてていこう。
つまり、Media Labの建築上の特徴がいかにしてイノベーションの誕生に貢献しているのかを探っていきたいというわけだ。
■イノベーションを生む仕組み
Media Labの外観を覆うのはアルミニウムとガラスのファサードだ。
この風通しのよい構造は自然光がたっぷりと注ぎ込み、研究に必要な環境を実現しているとともに、研究者たちの心を開放的にさせる役割を担っている。
建物内のどこにいても外の景色を眺めることができる環境は、自由な発想と思考の飛躍を後押ししてくれるのである。
アトリウムは建物の中心的な役割をもっており、拡張前の建物とつながる重要な部分だ。
6つのフロアを貫くように配置されており、建物内を垂直方向にも水平方向にも移動できるように設計されている。
また、アトリウム内の様々な場所に、展示やパフォーマンス、交流のためのスペースが設けられており、一般の人々がメディアラボの活動や研究に触れる機会を生み出している。
アトリウムの両側には、7つのラボが設けられている。
そのうち6室には吹き抜けがあり、1フロアおきに互い違いになるよう配置されている。
つまり、ある研究室の下層階と隣の研究室の上層階が重なるように設計されているのだ。
オフィスは研究室を囲むように配置されている。
また、各研究室やオフィスを仕切るパーテーションは透明であり、建物内のあらゆる方向を見通すことが可能だ。
これによって、Media Lab内では、どこにいても複数の活動を見ることができる。
このように独特な設計は、ただ単に外観をイノベーティブに演出しているだけではない。
研究機関としてのMedia Labにとって「研究室間の創造的な交流を促進し、イノベーションを加速させてくれる」という点で非常に重要なのだ。
従来の研究施設の構成では、研究室はときとして閉鎖的・保守的になりがちである。
オープンな環境が用意されていることで、研究者たちは半ば無意識のうちに「常に異分野の研究や取り組みへのアンテナを張る」というマインドをもって活動できる。
「Anti Disciplinary」(=決して専門分野に縛られない)との理念を掲げるMITには、実は、研究における専門分野の区別が明確には存在しない。
これは「Interdisciplinary」(=分野横断的)のさらに次の次元の、「専門分野の枠組みなく、自らが求める研究にとって有益なものは何でも吸収する」という、いわば「分野一体的」な考え方だといえる。
「Anti Disciplinary」を実践するためには、さまざまな研究分野に向けて感度高くアンテナを張る必要がある。
さらには、情報収集するだけでなく、さまざまな分野の研究者たちと一緒に活動する必要がある。
そうした取り組みの中から、当初は想定すらし得なかったようなイノベーションが生み出される。
Media Labは、オープンな環境を提供することにより、こうしたMITの理念を建築構造の面から体現しているのだ。
機能的にも建築的にも優れた研究拠点として、MITの技術革新の土壌となり、デザインや音楽の研究を進展させてきた。
そんなMedia Labには、研究者との交流や最新の研究成果を求めて、各地の学者やスポンサー、撮影クルーが頻繁に訪れている。
Photo by Ted Eytan – MIT Media Lab (2013)
■大規模な拡張プロジェクト
実はMedia Labが上記のような特徴をもつようになるにあたっては、ある日本人が深く関わっている。
2009年、コミュニティ間の交流をサポートし、さらに強化していくために、15km四方にも及ぶ大幅なスペース拡張プロジェクトが始まった。
ここで白羽の矢が立ったのが、日本の建築家である槇文彦が率いる、槇総合計画事務所だ。
キャンパスを拡大するにあたっては、考慮すべき事柄が大量にあった。
研究室間のダイナミクスに大きな影響を与えることなく規模を拡大する必要があったし、交流とコラボレーションを最大化するために、独創的な連結構造が求められた。
さらには、1985年にI.M.ペイ&パートナーズが設計し、MITの中心的建造物であったヴィースナービルに連結させなければならない。
彼らの設計・建築は、これらの課題をすべて解決したのである。
Media Labは、多くのイノベーションを生み出す研究拠点であると同時に、その建物自体がイノベーティブな存在だと言えるだろう。