「なぜこんなに苦いものを飲むのだろうか?」
子供の頃に、誰しもが一度は思ったことがある疑問かもしれない。コーヒーという飲み物についてである。
コーヒーはその苦さにもかかわらず、世界中で愛されている飲み物であり、その豊かな風味と香りが多くの人々を魅了している。このコーヒーという飲み物の風味と香りには、科学的なプロセスが複雑に絡んでいることはご存知だろうか。
コーヒーの風味や香りは、栽培から加工、そして抽出に至るまでのさまざまな段階から生まれる。特に注目すべきは「苦味」であり、これこそがコーヒーが独特でいつの時代も愛される飲み物となる理由のひとつである。
苦味は、適度であれば脳が刺激として捉え、心地よいと感じることがある。そのため、大人になると苦味に対する感覚が研ぎ澄まされ、子供のころは苦手だったコーヒーも楽しめるようになるのである。
これは、味覚の変化や人生経験によって、コーヒーの苦味や深い風味をより理解し、楽しめるようになるためである。すなわち、苦味の美味しさは、成長とともに進化する人間の味覚が教えてくれるものである。
コーヒーの木は熱帯地域で育ち、その地域の土壌、気候、標高などの環境要因がコーヒー豆の品質に大きな影響を与える。特に、高地で栽培されたコーヒーが酸味豊かになる理由は、標高が高いほど気温が低くなることに関係している。
気温が低い環境では、コーヒーの成長がゆっくり進むため、コーヒー豆の中で糖分や酸味が時間をかけてしっかりと発達する。このため、高地で育ったコーヒー豆は、酸味が鮮やかで複雑な味わいになることが多い。
これに対し、低地で育ったコーヒーは、成長が速いため、酸味よりも苦味やボディ(コク)が強くなることが一般的である。
そして、収穫されたコーヒーチェリーは、豆を取り出すためにウォッシュドプロセス(湿式加工)やナチュラルプロセス(乾式加工)で処理される。
特にウォッシュドプロセスでは、豆が発酵タンクで発酵され、その後洗浄されて乾燥されるため、酸味が際立つすっきりとした風味になる。
一方、ナチュラルプロセスでは、チェリー全体を乾燥させるため、フルーティーで甘い風味が特徴となる。
次に、一般の人もよく知る「焙煎」は、コーヒー豆の風味と香りを決定づける重要なステップである。焙煎中に豆内部の化学反応が進行し、さまざまな香り成分や風味が形成される。
焙煎の程度によって、コーヒーの風味が大きく変わり、軽く焙煎された豆は酸味が強く、果実味が豊かで、ダークローストされた豆は苦味とコクが強くなる。
最終的なコーヒーの風味は、抽出方法によっても大きく変わる。エスプレッソ、ドリップ、フレンチプレスなど、さまざまな方法があり、それぞれが異なる風味を引き出す。抽出温度、水の質、粉の粗さなども風味に影響し、エスプレッソは濃厚で強い風味を持ち、ドリップはより繊細でクリアな風味となる。
こうしたコーヒーの風味や香りであるが、コーヒーの化学成分を詳細に分析することが可能である。
例えば、ガスクロマトグラフィー-質量分析(GC-MS)は、コーヒーの揮発性成分を特定し、その香りの成分を測定することできる。これにより、特定の香りや風味を強化するための最適な栽培・加工方法を見つけることが可能となる。
現代では、コーヒーの生産や消費も気候変動に対応し、風味を向上させる新しい方法を開発する試みが進められている。このためには、コーヒーの発酵中・加工中の微生物の働きの研究がますます重要になっている。
微生物のDNAを解析し、また、前述のGC-MSなどを用いて化学的に分析すると、発酵中には様々な菌(細菌、真菌)が働くことがわかっている(1) 。
この過程で、発酵ではよく知られるエタノール、乳酸、酢酸、クエン酸などが作られることがわかった。特に、細菌群集はエステルやアルコールを生成することで風味を形成するために重要な役割を果たしていることがわかった。
また、発酵中に生成されるヘキサナール、ベンズアルデヒド、3-メチルベンズアルデヒド、2-ブテナール、4-ヘプテナールなどの揮発性化合物が、コーヒーに豊かな香りをもたらすことが明らかになった。さらに、カフェインやリナロールなどの植物由来の香り成分は発酵中も安定しており、最終的な香りのバランスに寄与していることが明らかになっている。
別のグループの研究においても、長い発酵期間において、乳酸菌(LeuconostocやLactococcus)がフルーティーで酸味のある風味をもたらすことがわかっている(2) 。ただし加工の影響はコーヒーの品種や地域によっても変わることがあるため、今後の継続的な研究が必要である。
また、エクアドルの実験農場で行われた研究においても、アラビカコーヒーの湿式処理中の微生物群集の形成などが解析された(3) 。
その結果、乳酸菌がコーヒー豆の発酵の開始前から広がり、発酵期間が微生物群集の変化を引き起こすことが示された。また、発酵期間が豆の化学組成に影響を与え、長時間発酵したコーヒーは消費者に好まれる風味を持つことが分かった。
また、乾燥中にも豆の内部の代謝反応が継続し、新しい風味化合物が形成されることや、この代謝が品質に影響を与えることが明らかになっている。
このように、研究者やコーヒー生産者は、コーヒーの風味が農場での処理前および処理中に決定されることを認識し、適切な条件下では長時間の発酵が有利であると結論づけている。
このように、科学的な分析は、コーヒー産業にとって、微生物の発酵を通じて風味と香りをより向上させるために欠かせないものとなっている。これらの研究は、微生物生態学と呼べるほどの複雑な生物の働きが関わっており、食品や飲料の発酵の理解を深めるものでもある。こうした研究は、現代社会では必須となっている気候変動と持続可能な農業の観点からも非常に重要であると考えられている。
[参考文献]
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