森林の中を散策すると、すがすがしい香りが漂い、リラックスすることができる。
このような森林浴の効果は、森の香り成分である「フィトンチッド」が一因であることが知られている。
フィトンチッドにはリラックス効果の他にもさまざまな効果があり、古来よりアロマオイルなどとして、さまざまな用途に活用されてきた。
フィトンチッドとはどのようなものなのか、そしてどのような効果があるのか、詳しく解説していきたい。
■フィトンチッドとは?
フィトンチッドは植物を意味する「フィトン」と殺菌を意味する「チッド」を合成したトーキンの造語であり、樹木が傷つけられた際に放出される化学物質のことである。
主にテルペン類と呼ばれる揮発性の有機化合物からなることが知られており、1930年頃にロシアの生物学者ボリス・P・トーキンによって植物が持つ殺菌成分として発見された。
フィトンチッドにはさまざまな効果があることが解っている。例えば、上述した殺菌・抗菌効果の他にも、害虫忌避効果、消臭効果、リラックス効果などがあるとされている。
いわゆる森林浴におけるリラックス効果も、フィトンチッドによるものだと考えられている。
ではここからは、このフィトンチッドが生み出すとされる森林浴の効果について、群馬パース大学や森林総合研究所などの研究成果を見ながら詳しく紹介していきたい。
■森林浴にはリラックス効果がある
まずは群馬パース大学の研究成果からみていくことにしよう。
実験に参加したのは群馬県川場村在住の健康な高齢者19名だ。男性11名、年齢74歳±3.5歳、女性8名、74.9歳±2.9歳であった。
実験がおこなわれたのは、川場村にある森林地区と非森林浴散策(田園地帯にある農道)だ。
参加者には、8月下旬、正午を挟んで1時間、集団で森林浴散策と、その4日後に非森林浴散策をおこなってもらった。
そしてその際、散策前に心理検査(感情状態尺度=POMS)、血圧と脈拍の測定、採血などを実施。また、散策後に、30分の安静後、心理検査(感情状態尺度=POMS)、血圧と脈拍の測定、採血などを実施した。なお、採血した血液からは、アドレナリン濃度、コルチゾール濃度、MK細胞活性などを測定した。
得られたデータは、森林浴と非森林浴について、男女別に、統計的に処理された。すると、次のような、興味深いことが解った。
まず、心理検査について、森林浴の前後でPOMSスコアの有意な低下が認められた。すなわち、森林浴によって、男女共に、緊張、抑うつ、怒り、疲れ、混乱などの感情が抑制され、リラックスできることが解った。
また、男女共に、森林浴によって、コルチゾールとアドレナリンが有意に低下することが解った。コルチゾールは、ストレスホルモンとも呼ばれ、我々がストレスを感じたときに分泌されるホルモンのことだ。
特に、女性については、森林浴の前後で、有意な最高血圧の低下が認められた。
一方で、免疫の指標となるMK細胞活性については、森林浴の前後で、男女ともに有意な差は認められなかった。
研究チームでは、主に、フィトンチッドなど森林から放出される揮発性物質が、嗅覚を通じて自律神経に働きかけると共に、副次的に森林の景色などが視覚を通じて自律神経に働きかけ、リラックス効果やコルチゾール分泌抑制の効果を生んだのではないか、と分析している。
Photo by Jackly – SONY DSC (2015)
■森林浴にはリラックス効果など癒しのセラピー効果がある
では、続いて、国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所の研究成果をみてみよう。
実験に参加したのは、30代~60代の健康な主婦で、夏季(8月下旬)17名、秋季(12月上旬)12名だった。
実験がおこなわれたのは、広葉樹林、針葉樹林、市街地の3ヵ所だ。
※論文を基に筆者が作成。
参加者は、控室で、心理検査(感情状態尺度=POMSや特性不安検査=STAIなど)を受けてもらった後に、3人ごとに別々の車で、各々別の実験地に移動した。現地では心拍変動性を測定する装置を装着後、血圧、脈拍数、唾液中アミラーゼ濃度、唾液中コルチゾール濃度などを測定した後、15分間椅子に座って、森林や市街地など周囲の景色を鑑賞してもらった。そして、その後、再び、血圧、脈拍数、唾液中アミラーゼ濃度、唾液中コルチゾール濃度などを測定。控室に戻った後に、心理検査を受けてもらった。
なお、心拍変動性を分析することで、参加者の自律神経の活動状況が解る。リラックス時には副交感神経の活動が高まり、ストレス時には交感神経の活動が高まることが知られている。また、アミラーゼやコルチゾールの濃度を測定することで、参加者のストレスの状態が解る。
参加者には3日間に渡って、1日ずつ広葉樹林、針葉樹林、市街地をそれぞれ体験してもらった。
そして、得られたデータを季節や林相の違いごとに、統計学的に分析したところ、次のような興味深いことが解った。
まず、夏季において、市街地に比べて、広葉樹林においては、緊張、不安、疲労が緩和され、活気が増加した。針葉樹林でも緊張、不安が緩和され、活気が増加することが認められた。なお、広葉樹林と針葉樹林での有意な差は認められなかった。以上から、夏季において、森林浴には、林相に関係なく、同程度の心理的なセラピー効果があることが解った。
また、秋季において、市街地に比べて、広葉樹林では、緊張、不安、疲労が緩和され、活気が増加した。また、針葉樹林でも緊張、不安、怒り、敵意、疲労が緩和され、活気が増加することが認められた。なお、広葉樹林と針葉樹林での有意な差は認められなかった。以上から、秋季においても、森林浴には、林相に関係なく、同程度の心理的なセラピー効果があることが解った。
また、夏季において、市街地に比べて、広葉樹林、針葉樹林、共に、副交感神経の活動が活発になることが認められた。そして、この場合に、心拍数の分析から、針葉樹林の方が、広葉樹林よりも、生理的なセラピー効果が高いことが認められた。以上から、夏季において、森林浴には、林相を問わず、生理的なセラピー効果があるが、針葉樹林の方がその効果が高いことが解った。
最後に、秋季において、市街地と比較して、広葉樹林、針葉樹林、共に、副交感神経の活動が活発になり、交感神経の活動が抑えられることが認められた。広葉樹林と針葉樹林での有意な差は認められなかった。以上から、秋季においては、森林浴には、林相を問わず、同程度の生理的なセラピー効果があることが解った。
■まとめ
これらを参考に、実際に森林浴を楽しんでみるのもよいし、もし、忙しく時間が取れないようなら、手軽にアロマオイルを利用してみるのもよいだろう。
【参考URL】
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 「特集 森の香りを科学する」
農林水産省「フィトンチッドについておしえてください。」
岐阜県森林研究所「フィトンチッドと森林浴について」
論文「森林浴の癒しと健康増進効果について」
論文「異なる自然環境におけるセラピー効果の比較と身近な森林の セラピー効果に関する研究 」