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Vol.14
チョコレートの風味と香りの科学

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チョコレートは世界中で愛される食品であり、その豊かな風味と多様な品種は、人類の歴史と文化に深く根ざしている。チョコレートの語源は、ナワトル語の「ショコラトル(xocolatl)」に由来し、これは「苦い水」を意味している。

 

チョコレートの原料となるカカオ豆は、特に熱帯地域で栽培され、カカオの発酵、乾燥、焙煎、そして最終的なチョコレートの製造工程を経て、多彩な風味が引き出される。これにより、カカオ豆から高品質なチョコレートが生まれるが、その風味はカカオの品種、栽培条件、発酵の管理、さらには製造方法に大きく影響される。

 

また、カカオはチョコレートの製造だけでなく、古代文明では通貨や宗教儀式に用いられ、さらには医薬品としても利用されていたと言われている。

 

そんなカカオの発酵プロセスは、チョコレートの風味を決定づける重要な段階であり、豆の品質を左右する工程である。発酵は、カカオ豆に含まれる糖分を微生物が分解することで行われ、その過程で生成されるさまざまな化学物質が最終的なチョコレートの風味に影響を及ぼす。

 

カカオ豆に存在する微生物群の多様性や発酵条件の管理が、チョコレートの風味のバリエーションを生む要因となり得るため、材料や発酵の精密なコントロールが求められている。

 

 

最近の研究では、チョコレートの風味に対する理解が深まり、発酵過程での化学的な変化や微生物の役割に焦点が当てられている。これらの研究により、チョコレートの風味の特性を定量的に解析し、製造プロセスの最適化を図るための新しい方法が開発されている。

 

チョコレートの風味は、製品の価格に大きく影響する。現在、カカオ豆には「バルク(普通)」と「ファインフレーバーココア(FFC)」の2種類がある。

 

バルクカカオ豆は、大量生産され、主に一般的なチョコレート製品に使用されるが、その風味は比較的シンプルで、苦味や酸味が強調されることが多い。

 

これに対し、FFCは希少で、高品質のカカオ豆であり、バルクカカオ豆に比べて複雑で多様な風味を持つことが特徴である。FFCは、フルーティーさやフローラルな香り、スパイスやナッツのような風味を含むことがあり、高級チョコレートの製造に使用されることが多い。(1)

 

 

近年では、食品の香り(揮発性有機化合物、VOCs)や味(主に非揮発性化合物)を特定することで、料理の味を予測できるとされており、そのような分析が盛んに行われるようになってきている。

 

その一例としてペルーの研究グループが行った分析結果を紹介しよう。本研究では、ペルー北部で生産されたFFCカカオ豆から作られたチョコレートの特徴を調べるため、GC-MSを用いて分析したところ、93種類の揮発性有機化合物が特定された。(1)

 

これらの化合物の中で、エステルやアルコールが最も多く含まれており、これがチョコレートに甘くフルーティな香りを与えていると考えらえる。また、この93種類の化合物の中で、11種類の主要揮発性化合物がペルー北部のチョコレートに特有のものであり、これらの化合物の組み合わせが地域ごとのチョコレートの香りを決定すると予想された。

 

さらに、製造工程でもさまざまな化合物の変化が見られた。研究結果では、ロースト中に花の香りやロースト風味が増加し、コンチング(カカオ豆から作られるカカオリカーを長時間かつ低温で撹拌する工程)中にエーテルの甘い風味が減少することが確認された。(1)

 

このように、カカオ豆はその土地に特有の化合物の組み合わせがあるとともに、カカオ豆の発酵やその後のローストなど、製造工程でも化合物が変化し、風味が決定されていくことが、科学的に明らかにされている。

 

 

そのほかの最近の研究では、糖分を増やさずに甘さの感じ方を高める方法が探求されている。(2)その一つに、アディティブ・マニュファクチャリングという技術があり、これによりチョコレートの構造を細かく調整し、味や食感をコントロールすることが可能になるという。

 

この技術は、材料を少しずつ積み重ねて物を作る方法で、従来の方法とは異なり、より複雑なデザインを作ることができる。これにより、砂糖や脂肪の分布を正確に制御し、甘さの感じ方に影響を与えることができる。

 

たとえば、砂糖の分布を工夫して、外側に多くの砂糖を配置し、内側に少なくする「キューブインキューブ構造」を使うと、全体の糖分を増やさなくても甘さを強く感じさせることができると分かっている。(2)

 

また、ココアバターの一部をヘーゼルナッツオイルに置き換えると、砂糖が口の中で速やかに溶け出し、最大24%も甘さを強く感じることができるという結果も得られている。(2)

 

このように、チョコレートの構造や成分を工夫することで、甘さや食感を調整できることが明らかになっている。

 

 

身近な例として、チョコレートに溝があることは誰しもが知っているだろう。溝がある理由はさまざまであり、まず一つして食べやすさを向上させる点がある。

 

溝があることで小さなブロックに分けやすく、手で簡単に折って食べることができる。また、溝がチョコレートの表面積を増やすことで、口の中で均等に溶けやすくなり、滑らかな食感が得られる。

 

さらに、溝のデザインは視覚的な魅力を高めるだけでなく、生産工程においてもチョコレートの取り出しや包装を効率的に行うために役立つ。

 

これらの理由から、溝は単なる装飾以上の重要な役割を果たしており、チョコレートの形も重要であることがわかる。

 

 

以上の通り、最近の研究や技術の進展により、チョコレートの風味や甘さの知覚がより科学的に理解されるようになった。

 

チョコレートは、カカオ豆の発酵や焙煎のプロセス、そして製造過程の各段階での微細な調整により、特定の風味や香りを引き出すことが可能となっている。

 

また、紹介したアディティブ・マニュファクチャリング技術の導入により、糖分や脂肪の分布を精密にコントロールすることで、健康への配慮をしながらも豊かな甘さを実現する方法も探索され始めている。

 

これらの知見は、より高品質で健康的なチョコレートの製造を可能にし、消費者に新たな味覚体験を提供すると思われる。チョコレートは世界中で愛される食品であり、今後もこの分野の研究が進展することで、さらに多様で魅力的なチョコレート製品が市場に登場することが期待される。

 

 

[参考文献]

(1)[論文]Michel S, Baraka LF, Ibañez AJ, Mansurova M. (2021) Mass Spectrometry-Based Flavor Monitoring of Peruvian Chocolate Fabrication Process. Metabolites. 11(2):71. doi: 10.3390/metabo11020071.

(2)[論文]Burkard J, Kohler L, Caciagli S, Herren N, Kozamernik M, Mantovani S, Windhab EJ, Denkel C. (2024) Exploring the effects of structure and melting on sweetness in additively manufactured chocolate. Sci Rep. 14(1):8261. doi: 10.1038/s41598-024-58838-6.

 

 


 

 

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